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リゾートバイト - 白馬時代 - 目次

白馬時代放浪記サマリー
Noiseの初めてのリゾートバイトで・・・
白馬時代放浪の思い出
白馬の概要と写真の一部を紹介
白馬地獄ホテル時代
9/2002〜10/2002
広島から白馬の地獄ホテルへ移動後、ホテルを辞めて乗鞍高原へ移動するまでの間、一旦広島へ帰ってくるまでの記録。
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Summary

白馬時代サマリー

こんな体験もなかなか出来ないだろうな・・・
朝4時に起きて帰ってくると23時頃。
お風呂だけ入ってとりあえず寝るのが0時過ぎ・・・
全く休憩もなく、人手不足で働き詰めの毎日。
足は棒になり足の裏は痺れて感覚は無くなり・・・
たまにもらえた1〜2時間の休憩。
もちろん、寝ないとやってられない・・・
それでいて日給1950円とは・・・ああ、野麦峠・・・

ここで疲労困憊という単語の意味を知ったよ。
そんな中、ほんとに仲間っていいなと思ったよね。
みんな疲労も気持ちも一緒・・・
そんな仲間たちがいるだけでこんなに楽しいなんてね。
”仲間”って単語の意味も学んだ気がするよ。

ありがとう。朝、いつも起こしてくれて・・・
そして・・・ほんっとによかった・・・
2週間で辞めて・・・

そんな中、貴重な休みの日に出かけて見た
景色はほんとに私を癒してくれたよね。
ああ、もう少しここにいてもいいかなって。

Pics and Memories

白馬時代放浪の思い出

後程、私が行くことになる乗鞍高原の車で
いける日本最高地点。(2702m)
ただ今年(2003)からは、自家用車前面通行
禁止になったから、ある意味これも貴重な体験
だね。
地獄のバイト中は、何故かこの頃
ずっと天気悪かったよね。
偶然もらえた(脅して貰った)休みの日は
こんなに晴れて。
白馬八方尾根がほんとに綺麗に
見えてたよね。
-----白馬大雪渓-----

雪の降らない広島に住んでる私にとっては、
ほんとに不思議だったな。
なんで夏過ぎて9月だってのにまだ前の雪が
残ってるのかってね・・・
八方池まで歩いて登っていったっけ。
途中、壮大な山並みが飛び込んでくる度
溜息や驚嘆の連続だったよね。
この景色を見ると、毎日地獄のように
働かされてた事がなんでもないようなことの
ように思えたな。
-----美ヶ原高原-----

この日も気持ちよく晴れてたよ。
とうとう辞めた地獄のバイト・・・
その時のバイト仲間と2〜3日車上生活。
ああ、仲間仲間仲間・・・
白馬での車上生活後、東京の友達のところへ
寄って、広島へ一旦帰る途中に見た富士山・・・

この後、春までいた乗鞍高原へ行くことになるんだよね。
あの時はほんとに賭けだったな・・・
数少ない休憩の合間に連絡を取り合って・・・
移動を決めてからさっさと辞めて。
とりあえず、賭けだけど、ここより地獄はないだろうと思ったっけ。
ただ、仲間と離れるのは寂しかったな・・・


Hakuba

白馬地獄ホテル時代

2002年夏に長野県へ遊びに来て、そこから長野県にとりつかれてしまったんだよね。 広島へ帰ってからも心ここにあらずって感じになって。 ただ、冬も嫌いだし、雪も嫌いだったおいらが、そんな冬も長くて雪も深い長野県なんかに住めるものかって。 だけど、そんなこと行ってみなきゃ、試してみなきゃわからないじゃんって思ってね。とりあえず、無理なら帰ってくればいいんだから。だから、あえて、一冬を長野県で過ごしてみることにしたんだよね。

思い立ったら吉日。早速、すぐにでも長期滞在できる方法で行くことにしたんだ。そうそう、いわゆるリゾートバイトね。 最初に見つけてたのは、結局後で行くことになった乗鞍高原。 ネットで探して履歴書も送って。ただね、いつまでたっても返事が来ないの。こっちはね、長野県熱で燃え上がってるっての。冷め切っちゃうじゃん。 そうこうしてると、この夏に滞在してた白馬のペンションの近くのホテルを発見。 そっちに電話したら、今すぐにでも来てほしいって勢い。 いやいや、わかってたよ。そんな履歴書も見ないで採用されそうなところ。よほどか人手不足なんだろうなって。だけどね、そんなことどうでもよかったの。嫌なら辞めるだけだし、逆にとりあえず、長野県に行ってみた方が、なにか基盤でも出来るかと思ってね。

で、9月10日ごろには、白馬入りするって話までつけて、あんまりにも急だったからバタバタと身支度を始めてたんだよね。 するとそこへ一本の電話。 乗鞍高原のほうが、採用だって。何言ってるんだろう?もう、ここまで話しちゃってるじゃん。全く・・・でも・・・とっても行きたかった・・・乗鞍高原。条件もかなり整っていてね。 だけど、今更じゃん。丁寧にお断りをしたのよ。

広島では、あまりにも時間がなかったから、逆に友達に「来週から行くんだよね?」なんて言われると、「え?誰が?」って調子・・・ 驚いたよ。あまりにもおいらに行動力がありすぎて・・・この時ばかりは、おいら自身、おいらの行動力にふと、自分が着いていってないことがあったな〜。

とりあえず、友達たちにも大慌てで挨拶したりして別れを惜しむまもなく、ワゴンの軽自動車に荷物をぶちこんで、とりあえず、一冬越すのが目的だから、バイト先を辞めたとしても、来年の春先までは、帰ってこないことを固く誓って出発。

一旦、大阪の友達のところへ泊めてもらって、次の日の15時ごろには余裕で白馬入り。

普段は、ペンション(? あれは、宿舎のようだったぞ・・・)として使われてるほうの1室が滞在先。トイレや洗面所などは共同。働くのは、ここから車で5分ほど先にあるホテル。

バイトの人達が帰ってくるまでの間、一人でその広いペンションにいたんだけど、大きい建物に一人って不気味・・・ とにかく、みんな帰ってきて夕方には会えたんだけど、早速、みんなからバイト先の実態を嫌って程聞かされたよ。事実を知らないから、とりあえず、ああ、そうかくらいに聞いておいたんだけど、あいつらが言ってたのは、怠惰からでも、性格のせいでもなくて、ほんとに、ほんとだったんだ。そうそう。ほんとに地獄だったよ。

詳しいことは、もう覚えてないけど、大体5:00か遅くても6:30までには起きて、行ってたよ。で、帰ってくると、どうやったって23:00ごろ。早くても22:30頃じゃなかったかな。でも結構、5時起き、帰ってくるのが23時頃ってのが続いてたと思うよ。 だから、帰ってきてシャワーなんかしてたら、もう0時。次の日は5時に起きなきゃ・・・ おまけにね、朝早くて夜遅いだけじゃない。最初の頃なんか、休憩がないのよ!!しかも、人手不足だから、全く持って息をつく間もないくらい。 たまに休憩時間を1〜2時間ほどもらったって、寝なくちゃやってられない。 足は棒になって、足の裏は痺れて感覚はなくなってくるし、日に日に目の下の隈は濃くなっていくし、ほんとに疲労困憊。

最初にいたのは、ゆうちゃん、大輔、篠原君。後は、洗い場にちょっとだけ来てた人とか掃除のおばちゃん。

ゆうちゃんは、最初っから2週間の契約できてたから、1週間ほどでいなくなっちゃったのね。その時に、丁度おいらが休みだったこともあって、松本まで送っていくついでに、乗鞍高原の畳平へマイカーでいけるのは今年最後とあって、ぶらっと寄ってみたんだ。 ついでに、ゆうちゃんが、「ほんとだったら、行くはずだったところ、見に行ってみたら?」って言うから、寄ってみたんだ。 ああ、こっちにすればよかったのかも・・・ まあ、何かあったときは、(ってすでに地獄ホテルを辞めようかって思ってた)こっちに来てみようかなって思いながら、その日はゆうちゃんとお別れ。

大輔は、私の替わり玉だったらしく、私が来たらなんとなく首に・・・ マジむかついた。 で、大輔は一旦、名古屋の方へ帰ってたんだけど、次の人にドタキャンされたらしく、急遽、呼び戻されて・・・おまけになんだかんだと、いちゃもんつけられて、みんな寮費は800円だったんだけど、大輔だけ1000円。どゆこと? おかげで、大輔は、最終的にそれならいいって、車で生活してたよ。 でも、寮にいた間、いつも朝起こしてくれてたな。「あねき〜、行くよ〜。」って。

篠原君は、人がいないから副支配人的なことをさせられてたんだけど、ここ2ヶ月一度も休みがないって。 おまけに人よりも1時間、休憩少なめ。それなのに給料は今月からようやく、みんなとはちょっと違うようにしてもらったって。それでも、安すぎだっての!

朝も早いから、なかなかみんなで遊びに行ったり出来なかったけど、明日6時半って言われたら、みんなで大喜びして、寮へ帰って飲みながら愚痴大会やったな〜。 まあ、それがあったから、しばらく続けられたってわけだけど。

結局、辞めるまでに2回ほど、強引に休みをもらえたんだけど、1回目は、休館ってことにして篠原君も連休。 だから二人で、白馬の大雪渓まで山登りしに行ったり、温泉入ったり。次の日は、八方池まで歩いていったり。 とにかく、最高に天気もよくて、あの雄大な景色がおいらの心を癒してくれたよね。 もう少し、ここにいてもいいのかな?って。 2回目の休みは、一人で滋賀高原へ。

それにしても、ここのバイトはなんだろう?って思い始めちゃってね。 だいたいねえ、おかしすぎるのよ。一時なんて、夕食のときに洗い場専用で2時間くらいバイトに来てた人と、昼間にルームの掃除で来てたおばちゃん一人と、食事を作るのは奥さんと、私を含めてバイトが二人だけ。70人くらい収容できるホテルを基本的にバイト二人だけで回してるって、どゆこと? フロント・売店・喫茶・食事の準備・後片付け、ルームの掃除、事務所での電話応対などなど、とにかくちょこっと洗い場とルームの掃除に来てくれる意外は、全部二人〜3人のバイトだけがやってるって、どゆこと?そりゃ、足も棒になるし、休憩もないわけだ。 給料がいいわけでもなく、自由時間があってどこかへ行けるわけでもなく。ほとんど24時間拘束されちゃってて、何が特なのかよくわからない。 だから、駄目もとで、休憩の合間に一旦断った、乗鞍高原へ連絡。 早速、調べてくれて、10月20日からなら来ていいよって! 乗鞍高原に移動したからって面白くないかもしれないけど、ここの地獄に比べれば、きっとましだろうと思ってね。賭けだったけど、行くことにしたよ。

辞めるときは大変だったな。 オーナーにあれこれ言われて。わがまま娘だの、俺ははめられただの、人を馬鹿にしてんのかだの。馬鹿にしてんのは、そっちだろって。わがままでもなんでもいいから、もう来ませんって。

おかげで、お前は、契約期間満了まで(春)やらなかったんだから、半額な!って言われて、なんと!日給1950円もらったよ。餓鬼の使いじゃないっつーの! それでも、そんなことどうでもよかったな。こんなとこ。 おいらの貴重な時間がもったいないっつーの!

丁度、おいらと入れ替わりに渡辺君が来てたんだけど、彼もなんとこんな地獄へようこそって感じだったな。

で、早速、10月2日から大輔と車上生活。 楽しかったな〜。みんなも合間に遊びに来てくれたりして。 車上生活2〜3日目に東京の友達に呼ばれて、結局、東京で1週間過ごした後、乗鞍高原へ移動するまでの間、広島へ帰ってたんだ。とは言え、1週間程度だけどね。 白馬の仲間には、乗鞍高原へ行く前に白馬へ絶対寄るよって約束して・・・